犬の名前は何にしようか

 夜遅く、警察署長のお父さんが帰ってきました。すっかりくたびれたような顔をしています。

 お父さんは「ター坊にあの犬はどうした」と聞きました。お父さんが庭につないで置いた子犬がいなかったからです。

 ター坊は答えました「小屋もなくてかわいそうだから箱に入れて僕の部屋においているよ。」

 するとお父さんは、「明日、庭に犬小屋を造るから心配するな。この犬のことを、みんなに話しておかなければならないからみんなを呼んでおくれ」と言いました。

 家族が集まるとお父さんは話し始めました。「今日一つ事件があったのだ。それは78才で一人暮らしの石塚太郎さんという人が、交通事故にあって亡くなったんだ。身よりもない人で、家へ行ってみると、子犬が一匹待っていたんだよ。これをどうするか保健所に聞いてみたら、血統書もない犬ではもらい手もなくていずれこちらで処分することになるでしょう。と言うので私が預かってきたんだ。名前を付けて大事に飼ってやろうではないか。みんなどうかね。」

 家族はお父さんの話を聞いて、黙っていました。すると初めにター坊が「お爺さんの名前を貰って太郎にしよう。」と言いました。

 お父さんが大きく頷くと、誰も他の意見を出さないので、子犬は太郎と呼ばれるようになりました。

 ター坊は、毎日散歩に連れ出し、友達に太郎を見せて自慢していました。

 その内ター坊は中学生となり、太郎も大きく成長して立派な体格をした成犬になりました。

 紀州犬くらいの大きさで、貫禄十分の犬に成長していました。

 ター坊も今では福川君とか武雄さんと呼ばれるようになりましたが、此処ではター坊のままで、お話をすすめていきましょう。

 やがた、ター坊も中学3年生になると高校受験を控えて、塾通いや勉強に追われなかなか太郎を散歩に連れ出すことが出来ません。

 勿論お母さんも妹の礼子さんも太郎にほとんど関心を持ちません。

 お兄さんの康夫さんは東京の大学へ入って滅多に家へ帰ってきません。お父さんの仙山警察署長さんは、早朝に出勤して深夜に帰宅して「良い子でいたか」といって、太郎の頭をなでると家に入ります。

 たまに休みがあるときには、着物を着て下駄をはいて、太郎と散歩に出ます。そこで町内の人と会うと世間話をしています。太郎はその間、所長さんの脇にぴったり座っていなければなりません。所長さんは厳格な人で、太郎が便をすると素早く防水袋に入れ持ち帰るのです。そればかりではなく、街を歩きながら気づいたことを綿密に手帳に書き込のです。その度に太郎は、所長さんの脇にぴたりと座っていなければなりません。

 所長さんとの散歩は嬉しいですが気疲れの連続です。ター坊との散歩では時々引き綱を外し勝手に走らせてくれましたが、所長さんとの散歩は、全く違います、厳格な規制の中の行軍といった感じです。しかし太郎はそれもとても好きでした。

 所長さんの時間の無い日は、太郎はひとりぼっちで、何時までも電気が付いているター坊の部屋を見ながら、土の上に横になります。